JaponとNénuphar

こんにちは、ブログの更新が遅れてしまい大変申し訳ございません!

近頃は、季節の変わり目となり少しずつ過ごしやすい日常になってきた事と思いますが、体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい。

さて、今回のブログは経済学科3年の奇才(不服ですが)こと芳賀匡史がお送りいたします。

今回のテーマは、印象派を代表するフランス🇫🇷の画家クロード・モネについてです。
※特に、きっかけや理由はありませんのでご了承下さい。

皆さんは、クロード・モネ(以下、モネ)と聞くと何を思い浮かべますか?




恐らくは、「印象 日の出」や「散歩、日傘をさす女性」などではないでしょうか。

その中でも、僕が愛してやまない作品は、「睡蓮の池と日本の橋」という作品です。
この作品は、モネが自身の庭園を作り、約30年の長期にわたり約250以上の睡蓮シリーズを描いたとされるうちの一つです。つまり、それらの絵は、自身の理想郷を目指し、作り上げた幻想的な庭園をそのまま描いた作品ということになります。

そこで、僕には一つの疑問が湧きました。
なぜ、モネの理想郷(庭園)には日本の浮世絵に出てくるような太鼓橋や当時のヨーロッパには無いはずの睡蓮があるのかということです。

その答えは、
モネの日本への憧れにありました。

表層的には、当時の日本の浮世絵は世界中の画家に影響を及ぼしていた事は有名な話ですが実はこれだけではなかったのです。

モネは若かりし頃、兵役についたこと、そして再度の徴兵から逃れるために逃亡に近い長期旅行をしていたこという逸話があります。

そのことから、当時の日本では武士同士が戦うわけなので一般人は武器を持つ必要がないというようなことが知られていたとしたら、モネにとっては芸術家であっても徴兵されるフランスに比べて、対外戦争もなくのびのび絵を描いている画家がいるという日本が理想郷に見えたとしてもおかしい話では無いと思います。

一種の現実逃避を可能にしたものが、この庭園であるとするのなら、この作品は当時の情勢へのアイロニーを込めた所謂、風刺画だったのかもしれませんね。

世界的な画家を魅了したJapon、そしてこれからも魅了し続けるであろうJaponに生まれたJaponaisとして、誇りに思います。

そして、実はモネの作品を体感できる庭園が日本にもあるんです!!!!!
https://www.kjmonet.jp/
場所は高知県なので、少し遠い気もしますが、、、

この庭園は川上裕さんという世界的な庭師の方が手掛けていらっしゃるということで、唯一「モネ」と言う名前を使用できる庭園なのです!

僕の地元にも御薬園という、庭園があったので大好きなんですよね〜。

偕楽園と兼六園には行ったことあるんですけど、岡山にある後楽園には行ったことがありません。後楽園ホールと幸楽苑には行ったことあります笑笑


是非誰か行きましょう!!!


ご精読、ありがとうございました😊


では、また先週!




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